毒親と子のお話。

脱出したくて考えてきたことのまとめ。

変えようとする原動力

旦那が発かもスレ94-732 から抜き出し

(某番組を見て、)この人たちは「自分は○○の特性があるから××な配慮が欲しい」「××な特性から△△な誤解をされてつらい」等の「自分がつらい」ばかりで、周りの人にかけてる負担に思いが及ばない。周囲の人とかとの齟齬を解決しようと思ってない。「解決しよう」を思う最大のdriving forceは本人の困り感。「周囲が特性を理解して支援しよう」では本人にforceもriskもかからない。しかしforceをかけても能力的にも人格的にもどうにもならないできない。

 

 

「解決しようとするdriving forceは自分の困り感」

困ってなかったらなんとかしたいと思わない。

 

私がペンを買って友達におしつけたとしても、私のペンを買うお金が無限にあるのなら、私は困っていなかったんじゃないだろうか。

自室のゴミ箱からゴミが勝手に無くなるのであれば私は「ゴミを出し忘れること」を問題だと思わないんじゃないだろうか。

 

毒親がわりとまともな部類だと高校生くらいまで困らないんじゃないだろうか。

明らかなる虐待(暴力や衣食住がまともじゃない場合)があれば気づきやすいし悲鳴も上げやすい? しかし、わりとまともな部類…衣食住はそれなりだがモラハラ系統であった場合、中学生くらいまでは鳥かごに居ても本人は困ってなくて、困らないから気づけないんじゃないだろうか。

 

行動範囲が広がれば自分と違う常識に触れるようになって、気づけるかも?

「なんで相手とうまくいかないんだろう」と思えたら、

「自分に問題があるかも?」から

「相手とうまくやるにはどうしたらいいんだろう?」に繋がる。

もちろん相手に問題がある場合もあるけど。お互いが気持ちよくいられるように考えるきっかけになると思う。

 

本人が困る頃までには調教されちゃってるのでまた困りものですが。

 

困ってることをさがしだす作業