毒親と子のお話。

脱出したくて考えてきたことのまとめ。

どこを基準に

上を向いて、歩こう

 

上ってどっち?

 

今私は布団に転がりながらスマホでぽちぽち文字を打ってるんだけど、

天井(空)方向なのか、頭方向なのか。

 

前向きに!

 

前ってどっち?

 

 

私は場所を示すときに北方向を上だとして話すんだけど、たいていの地図が北極を上に描いてるからなんだよね。

カーナビとかだとノースアップ(地図の上が北に固定されている)とコースアップ(自分が向いている方向が上になるので地図がぐるぐる回る)が選べたりする。

 

言葉のイメージで

前向き→幸せ、明るい、向上心

後ろ向き→悲しい、暗い、後悔

こんな感じがする。

 

 

どんな方向でも私が前だと思ったら前だし。

 

たとえば、

嫌いなやつをコロスのはその人にとって前向きな行動なんだよね。嫌いなものを世界から排除して幸せを得ようとする行動だから。

(コロスのは「社会的にアウト」なのでダメですけど)

 

随分と言葉のイメージにとらわれている気がする。

前回書いた「ストレス」も。

ストレスって機械(物理)だと摩擦のことだし、電気だと抵抗かな? ストレスがあるから熱が発生する仕組みだったはず。昔は「精神的ストレス」って言ってたような気がするけど今は「ストレス」だけで精神系をイメージするようになってる。

他人が指す常識もこういったふわふわしたものが多い。変わってきた意味合い、本当の意味も知らないで使う人たち。こっちもふわっと知ってるだけだったり。

…他人とうまくやるのはむずかしい(泣)

 

Aを基準としてのB

一般を基準としての「私」

ここに「違い」があるかどうか。

前向きにとはどのような状態を基準として「前向き」なんだろうか。

 

毒親のことを愚痴ると「また後ろばかり見てる。もっと前向きなことを考えようよ」と言われるけど(先生にも言われたし)、根本から治すために掘ってるからこれは前向きな作業なの!

(暗い方向ばかり見ていると鬱になるから気を付けて)

 

私基準と思えるのは良いと思うんだ。

個人作ってから他人と擦り合わせる。

あくまでも私の考えですよという意味で「私はこう思います」とか「私は好きです」というように「私は」をつけて喋ると相手が「一般的」と「私」を分離して考えてくれるようになったので話がしやすくなった。

 

「いちごはすっぱいです」だと、「普通苺はすっぱいものです。甘いと思うあなたがおかしいです」みたいに聞こえてしまう。私には聞こえるんだ。これが「私はすっぱいと思います」になると「この子はすっぱいと感じるのかー」くらいに思ってくれる。不思議。

(この「すっぱい」も何かを基準としてて、味覚は人それぞれで他人と一致はできないから、「いちごはすっぱい」と覚えたのか、たまたま食べたいちごがすっぱかったのか…まで考えると、すっぱいがゲシュタルト崩壊してくる)

 

 

「Sサイズは小さいです」→「Sサイズは私には小さいです」

「28度では暑いです」→「28度では私は暑いです」

「この映画はつまらなかった」→「この映画は私にはつまらなかった」

 

なので私も「幸せになるために根本から直すべく毒親のことを考えて後ろ向きになりますが、私にとっては前向きです」というようにしてみた。(しかし言うところがない!)

 

 

 

 

 

 

英語で人数を数える時「私と、あなたと、あなた」になるんだけど日本は「あなたと、あなたと、私」になる。個人があって他人付き合うのと、他人優先的なのと、何かにてるきがする。日本人は他人優先傾向?